元々は帰国子女だったという津川さん。
なぜ日本で医師になった後に、ハーバード大学で医療政策学者となったのでしょうか・・・?

 

 

医療政策学者、医師。日本で内科医をしたのち、世界銀行を経て、ハーバード大学で医療政策学の博士号(PhD)を取得。専門は医療政策学、医療経済学。
ブログ「医療政策学×医療経済学」(https://goo.gl/ERlDMA )。
中室牧子氏との共著「原因と結果の経済学」(ダイヤモンド社)(https://goo.gl/NGU8CM )


 

帰国子女から医学部へ


- 今日はキャリアという感じというより、高校生の時の自分にお話いただくイメージでお願いします!まずは高校生からの経歴を教えていただいていいですか?

もともとは帰国子女なんです。小学校の時4年間は父親の仕事の関係でイギリスにいて、小学校6年生の冬に帰ってきました。


- ではそこから日本の学校に。

医学部を目指した理由は3つあります。

1つは家族や自分の周りの人が倒れた時に助けられるようになりたいと思ったこと。
2つ目はどうせやるなら人のためになることがしたいと思ったことです。人生の中で仕事をしている時間は長い時間を占めることになるので、どうせやるなら人が幸せになれるように貢献できることをしたいですよね。
最後の3つ目は、どんな状況でも生きていけるように、手に職をつけたいと思っていました。


- 高校生の頃からそんなことを考えられていたんですか?

そうですね。
これはよく自分よりも若い人に話すのですが、常に「10年後、20年後に何やりたいか」ということを考えて、そこから遡って何をやるかを決めるようにしています。
まあ20年はちょっと長いので10年くらいでもいいですね。高校生の頃には10年後に何ができるようになっていたいかを考えていました

そうやって東北大学の医学部に進学しました。

 

死ぬほど苦労したイギリスとアメリカ


- サッカーは部活動ですか?

大学在学中に二ヶ月程アメリカに留学しました。


- ということは、小学校の時と、大学の時で海外経験がおありなんですね。

そうですね。あ、高校二年の時にもアメリカのサマースクールに行きました。
だから小学校4年間、高校で数週間サマースクール、大学の時の二ヶ月の実習というのがそれまでの留学経験ですね。
毎回あまりに大変だったので、もう二度と来るかって思っていましたが(笑)。


- え、そうなんですか?笑

小学校の時も高校の時も、日本の学校ではなんでもないことが、イギリスやアメリカの学校では自分は遥かにできない。日本でうまくいっている人は海外に来ると、劣等生になって、少なからず無力感みたいなものを感じると思います。ただそれは努力やチャレンジをするための原動力となるので、僕は自分であえてそういったところに行くようにしてきました。


厳しい環境、新しい環境に行くことで、まだ出来てないことがいっぱいあるんだと認識するんです。アメリカではよく「コンフォートゾーンを出ろ」と言われます。どこまで出来るのかやってみたい、自分勝手な感じですけどスポーツ選手と似ているのかもしれない。どこまでやれるのかやってみたいのだと思います。

東京の病院は競争率が高いので、自分を甘やかさないためにも、大学を卒業したら東京の病院で働くことにしました。同期も先輩もとても優秀だったので、ここで研修したら成長できるかなと思ったんです。必死に働きましたね。当直もたくさんしましたし、勤務時間じゃなくても勉強のために病院に泊まり込んだりしていました(笑)。
今は国の医療費や医療の質の問題を解決しようという思いで研究者をやっていますが、患者さんと話すのも好きだし、臨床の仕事はやりがいもあって今でも大好きです。

 


3年やったら次を考え始める


- 医者のみなさんは、そんなに忙しいんですか?

そうですね。当時はそういう感じでした。現在は少し改善されたと聞きます。それはそれで良い経験だったと思うんですけどね。
その後渡米し、ハーバードの公衆衛生大学院の修士を取得しました。

そして、修士の2年間で学べることは限られていると感じ、その分野で一流と言われる知識を得るためにはもっと深い専門的なトレーニングが必要不可欠だと考え博士課程に進みました。

僕の領域(医療政策)で、アメリカの博士号を持ってる人はその当時の日本に一人もいなかったので、じゃあやってみようと思いました。博士号での経験は想像以上に有意義なものでした。同級生が11人いるんですが日本人はもちろん一人だけで、
そう行った中で地に足をつけて、アメリカ人と本当の意味で切磋琢磨することができたのでよかったです。


- 修士を取る時だと日本人もたくさんいるんでしょうか?

修士だと日本人は比較的たくさんいますね。


- そのあとはどのように活動されているのですか?

博士号の取得がこの間終わりハーバード大学で研究者をやっています。




40年後、日本の人口は8600万人になる

-       津川さんは日本をどのように見ていらっしゃるのですか?

今より、10年後20年後どうなってるのかが重要です。40年後くらいに日本の人口は8600万人になると言われています。その時に労働可能人口(20~64歳の人の割合)の割合は5割以下になっています(現在は人口1億2000万人、労働可能人口は6割)。その時の経済とか税収とか、日本がどんな国になっているかを考えれば、今と同じ形じゃないことは明らかですよね。
戦後の日本は今日まででほとんど上昇するところしか見ていないんです。
でも40年なんてあっという間です。みなさんが60歳になって家族がいて子供や孫がいてって言う年齢の時にはそういう時代になっています。


- 危機的状況ですね。

国全体の視点から見たら、日本は危機的状況です。大きく方向転換を迫られるでしょう。
個人の視点から見たら海外で生き残るための手段として英語は必要になってくると思います。

- 日本で普通に教育を受けていたら10年後の将来とか、考えたりなかなかしないですよね。

それは2つの理由で危ういと思います。

一つ目は多様なスキルセットを身につけにくいことです。日本は評価軸が偏差値しかないので大変です。でも、本当は評価軸は無数にあるんですよね。アメリカではみんなと違うことが許されます。数学ができなかったら音楽やプログラミングなど他のことができればいい。そういうことで彼らは自分のアイデンティティを保っているだけでなく、リスクヘッジできています。色々なスキルセットを持っていることが多いです。先の見えない時代にはこの色々なスキルセットを持っていることが生きてきます。


もう一つはレジリアンスです。海外に行くと良いことは、失敗経験を積めることです。小さい失敗経験をたくさん積むので、レジリアンスがつきます。日本にいるとレジリアンスを身につける機会があまりないように思います。


現在の日本の英語教育は明らかに不足しています。ボキャブラリーは圧倒的に必要ですが、アウトプットできる能力も必要です。
日本人はスピーキングとかコミュニケーション能力がまだまだ低いと思います。流暢な英語を話す必要はないので、キャッチボールができることが必要です。単語を一つ一つしっかり発音して、きちんと相手に伝えて、相手が自分の言っていることをわかっているかどうか最後に確認する。このようにコミュニケーションの輪を閉じることではじめてキャッチボールしたと言うことができます。そういった意味でも、ゆっくり話して言葉を「相手に届ける」技術が大事。
そういうことを日本の教育でも教えることが大事だと思います。


- 東大に入っても喋れない人の方が圧倒的に多いですよね。

日本の大学に行かなくてもいいんですよ。むしろ海外の大学に行ったほうがよっぽど安泰だと言えるかもしれません。
中国や韓国で成功してる人は子供を海外に送り込みます。将来のことを考えたらそれが一番の安全な道だからです。


- 最近は海外に行く学生も増えている気もします。

増えていますよね。
本格的な留学に限らず、短期の留学でもいいのでたくさん繰り返すと、人間としてのレジリアンスがつくので良いと思います。「あれ?私の習ってきた英語は一切通用しない」といった経験など、ショッキングですが、その経験そのものがいい刺激になります。

でもここで重要なのは、本当にきついなと思ったら挑戦を止めて離脱すること。挑戦し過ぎて身体を壊してしまったり、うつになってしまう人もいるのも現実です。挑戦している時は成長している時ですが、度が過ぎると取り返しのつかないくらいダメージを受けてしまうことがあります。ギリギリまでトライして、ダメだったらきちんと自分に逃げ道を用意してあげることも重要です。


良い大学出て良い会社に入りましたというだけの人に魅力を感じますか?自らコンフォートゾーンを出て挑戦し失敗や様々なことを経験した上でここにいます、という人のほうがよっぽど人間としての魅力があると思います。
レジリアンスやグリット、そういったIQで測れない部分が高いのはそういう人だと感じています。

 


自分の人生をデザインするという感覚


- 津川さんは高校の時からそういうことを考えてましたか?

いや、高校の時はもっと視野が狭かったです。日本のシステムの中でどうやって生きていこうか、と考えていました。今まで失敗を重ねながら学んできました。でも、今生きている子達は「自分がどういう人になるか」ということをデザインしないといけないと思います。どういうスキルセットが必要で、どういう要素が必要か考えないといけない。そこは日本の教育の中では、自分自身がよほど意識をしていかないといけないことですね。


- 自分をデザインするって言う感覚高校生の時には全然なかったです。

ブランディングといった軽い表面的なことではなく、芯のあるきちんとしたスキルセットが必要です。いわゆるブランディングの中には日本でしか通用しないものがありますよね。ハーバード卒とかスタンフォード卒のブランドとかはまさにそうかもしれません。一方で、きちんとしたスキルセットは世界中どこでも通用します。ハーバード卒はボストン(注:ハーバード大学はボストン近郊にある)では通用しないですが、統計学が分かっているとか、プログラミングができるというスキルセットは世界中どこでも通用します。

グローバルで見て、自分という人材がどういうふうに見られるのか。果たして自分のやっていることは正しいのか?と考えないといけないと思います。


- さっき東大に行くんだったらスタンフォードやハーバードに行く方がいいとおっしゃいましたが、他のアメリカの大学に行くことについてはどう思いますか?

例えばアメリカの聞いたことのない大学に行ったとして、他の人の知らないことを知っていたり、人にはない経験をしていたり、そういうところに自分の価値を見出し差別化することができればいいと思います。

組織や企業が強くなるのは、新しい人が自分の知らない何かを持ってくる時ですよね。そういった意味で違う経験をしている事自体に価値があると思います。

- 多様性が重要だということですか。

そうです。日本で多様性と言うと、ただ多様であればいいと思ってる人が多いですが、そういうことではありません。何かショックがあった時、会社が傾いた時などに多様性が初めて力を発揮するんです。

全員同じような人だったら、危機や大きな変化に対応しづらいですからね。でも色々なバックグランドを持った人が集まっている集団だと、その中で一人くらいは対応するスキルセットや経験を持っているかもしれない。そうすれば、その人を中心に対応することで、その組織は生き残ることができる可能性が高くなります。




高校生へのメッセージ:「10年後の未来から逆算せよ」


- 最後に日本の高校生にメッセージを。

10年後の世界、自分のことを考えて、きちんと人生をデザインすることが必要。どういう自分になってたいのか、自分をしっかりデザインして、それに基づいていろいろなことを決定していってください。


- 高校生の頃からこれを実践するのはなかなか難しそうですね・・・

ひとつ高校生について気になっているのは、「自分と向き合って将来のことを考える時間を取っていない」ことです。

たとえば日曜日一日何も予定を入れずに、「自分がなにを本当にやりたいのか」、「10年後自分がなにをやっていたいのか」といったことを考えるべきです。
1年に1度でも、5年に1度でも、10年に1度でもいい。時間をとって考えれば、世界がどうなるかはわからなくても自分のことは少しはわかります。少なくとも、こういうことをやりたい、ということはわかるはずですからね。
受験戦争の波に流されずに頑張ってください!



編集後記

「自分がなにを本当にやりたいのか」、「10年後自分がなにをやっていたいのか」なんて高校生の時にしっかり時間をとって考えたことがありませんでした。

mikanを使っている高校生にも、是非こういったことを考える時間をとってほしいです。

受験勉強のためのアプリで終わりたくないと思いました!

 

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