Comment

「10年後の未来から逆算せよ」医師として国内外で活躍する津川さんが語る"人生の戦略"の立て方

 

元々は帰国子女だったという津川さん。
なぜ日本で医師になった後に、ハーバード大学で医療政策学者となったのでしょうか・・・?

 

 

医療政策学者、医師。日本で内科医をしたのち、世界銀行を経て、ハーバード大学で医療政策学の博士号(PhD)を取得。専門は医療政策学、医療経済学。
ブログ「医療政策学×医療経済学」(https://goo.gl/ERlDMA )。
中室牧子氏との共著「原因と結果の経済学」(ダイヤモンド社)(https://goo.gl/NGU8CM )


 

帰国子女から医学部へ


- 今日はキャリアという感じというより、高校生の時の自分にお話いただくイメージでお願いします!まずは高校生からの経歴を教えていただいていいですか?

もともとは帰国子女なんです。小学校の時4年間は父親の仕事の関係でイギリスにいて、小学校6年生の冬に帰ってきました。


- ではそこから日本の学校に。

医学部を目指した理由は3つあります。

1つは家族や自分の周りの人が倒れた時に助けられるようになりたいと思ったこと。
2つ目はどうせやるなら人のためになることがしたいと思ったことです。人生の中で仕事をしている時間は長い時間を占めることになるので、どうせやるなら人が幸せになれるように貢献できることをしたいですよね。
最後の3つ目は、どんな状況でも生きていけるように、手に職をつけたいと思っていました。


- 高校生の頃からそんなことを考えられていたんですか?

そうですね。
これはよく自分よりも若い人に話すのですが、常に「10年後、20年後に何やりたいか」ということを考えて、そこから遡って何をやるかを決めるようにしています。
まあ20年はちょっと長いので10年くらいでもいいですね。高校生の頃には10年後に何ができるようになっていたいかを考えていました

そうやって東北大学の医学部に進学しました。

 

死ぬほど苦労したイギリスとアメリカ


- サッカーは部活動ですか?

大学在学中に二ヶ月程アメリカに留学しました。


- ということは、小学校の時と、大学の時で海外経験がおありなんですね。

そうですね。あ、高校二年の時にもアメリカのサマースクールに行きました。
だから小学校4年間、高校で数週間サマースクール、大学の時の二ヶ月の実習というのがそれまでの留学経験ですね。
毎回あまりに大変だったので、もう二度と来るかって思っていましたが(笑)。


- え、そうなんですか?笑

小学校の時も高校の時も、日本の学校ではなんでもないことが、イギリスやアメリカの学校では自分は遥かにできない。日本でうまくいっている人は海外に来ると、劣等生になって、少なからず無力感みたいなものを感じると思います。ただそれは努力やチャレンジをするための原動力となるので、僕は自分であえてそういったところに行くようにしてきました。


厳しい環境、新しい環境に行くことで、まだ出来てないことがいっぱいあるんだと認識するんです。アメリカではよく「コンフォートゾーンを出ろ」と言われます。どこまで出来るのかやってみたい、自分勝手な感じですけどスポーツ選手と似ているのかもしれない。どこまでやれるのかやってみたいのだと思います。

東京の病院は競争率が高いので、自分を甘やかさないためにも、大学を卒業したら東京の病院で働くことにしました。同期も先輩もとても優秀だったので、ここで研修したら成長できるかなと思ったんです。必死に働きましたね。当直もたくさんしましたし、勤務時間じゃなくても勉強のために病院に泊まり込んだりしていました(笑)。
今は国の医療費や医療の質の問題を解決しようという思いで研究者をやっていますが、患者さんと話すのも好きだし、臨床の仕事はやりがいもあって今でも大好きです。

 


3年やったら次を考え始める


- 医者のみなさんは、そんなに忙しいんですか?

そうですね。当時はそういう感じでした。現在は少し改善されたと聞きます。それはそれで良い経験だったと思うんですけどね。
その後渡米し、ハーバードの公衆衛生大学院の修士を取得しました。

そして、修士の2年間で学べることは限られていると感じ、その分野で一流と言われる知識を得るためにはもっと深い専門的なトレーニングが必要不可欠だと考え博士課程に進みました。

僕の領域(医療政策)で、アメリカの博士号を持ってる人はその当時の日本に一人もいなかったので、じゃあやってみようと思いました。博士号での経験は想像以上に有意義なものでした。同級生が11人いるんですが日本人はもちろん一人だけで、
そう行った中で地に足をつけて、アメリカ人と本当の意味で切磋琢磨することができたのでよかったです。


- 修士を取る時だと日本人もたくさんいるんでしょうか?

修士だと日本人は比較的たくさんいますね。


- そのあとはどのように活動されているのですか?

博士号の取得がこの間終わりハーバード大学で研究者をやっています。




40年後、日本の人口は8600万人になる

-       津川さんは日本をどのように見ていらっしゃるのですか?

今より、10年後20年後どうなってるのかが重要です。40年後くらいに日本の人口は8600万人になると言われています。その時に労働可能人口(20~64歳の人の割合)の割合は5割以下になっています(現在は人口1億2000万人、労働可能人口は6割)。その時の経済とか税収とか、日本がどんな国になっているかを考えれば、今と同じ形じゃないことは明らかですよね。
戦後の日本は今日まででほとんど上昇するところしか見ていないんです。
でも40年なんてあっという間です。みなさんが60歳になって家族がいて子供や孫がいてって言う年齢の時にはそういう時代になっています。


- 危機的状況ですね。

国全体の視点から見たら、日本は危機的状況です。大きく方向転換を迫られるでしょう。
個人の視点から見たら海外で生き残るための手段として英語は必要になってくると思います。

- 日本で普通に教育を受けていたら10年後の将来とか、考えたりなかなかしないですよね。

それは2つの理由で危ういと思います。

一つ目は多様なスキルセットを身につけにくいことです。日本は評価軸が偏差値しかないので大変です。でも、本当は評価軸は無数にあるんですよね。アメリカではみんなと違うことが許されます。数学ができなかったら音楽やプログラミングなど他のことができればいい。そういうことで彼らは自分のアイデンティティを保っているだけでなく、リスクヘッジできています。色々なスキルセットを持っていることが多いです。先の見えない時代にはこの色々なスキルセットを持っていることが生きてきます。


もう一つはレジリアンスです。海外に行くと良いことは、失敗経験を積めることです。小さい失敗経験をたくさん積むので、レジリアンスがつきます。日本にいるとレジリアンスを身につける機会があまりないように思います。


現在の日本の英語教育は明らかに不足しています。ボキャブラリーは圧倒的に必要ですが、アウトプットできる能力も必要です。
日本人はスピーキングとかコミュニケーション能力がまだまだ低いと思います。流暢な英語を話す必要はないので、キャッチボールができることが必要です。単語を一つ一つしっかり発音して、きちんと相手に伝えて、相手が自分の言っていることをわかっているかどうか最後に確認する。このようにコミュニケーションの輪を閉じることではじめてキャッチボールしたと言うことができます。そういった意味でも、ゆっくり話して言葉を「相手に届ける」技術が大事。
そういうことを日本の教育でも教えることが大事だと思います。


- 東大に入っても喋れない人の方が圧倒的に多いですよね。

日本の大学に行かなくてもいいんですよ。むしろ海外の大学に行ったほうがよっぽど安泰だと言えるかもしれません。
中国や韓国で成功してる人は子供を海外に送り込みます。将来のことを考えたらそれが一番の安全な道だからです。


- 最近は海外に行く学生も増えている気もします。

増えていますよね。
本格的な留学に限らず、短期の留学でもいいのでたくさん繰り返すと、人間としてのレジリアンスがつくので良いと思います。「あれ?私の習ってきた英語は一切通用しない」といった経験など、ショッキングですが、その経験そのものがいい刺激になります。

でもここで重要なのは、本当にきついなと思ったら挑戦を止めて離脱すること。挑戦し過ぎて身体を壊してしまったり、うつになってしまう人もいるのも現実です。挑戦している時は成長している時ですが、度が過ぎると取り返しのつかないくらいダメージを受けてしまうことがあります。ギリギリまでトライして、ダメだったらきちんと自分に逃げ道を用意してあげることも重要です。


良い大学出て良い会社に入りましたというだけの人に魅力を感じますか?自らコンフォートゾーンを出て挑戦し失敗や様々なことを経験した上でここにいます、という人のほうがよっぽど人間としての魅力があると思います。
レジリアンスやグリット、そういったIQで測れない部分が高いのはそういう人だと感じています。

 


自分の人生をデザインするという感覚


- 津川さんは高校の時からそういうことを考えてましたか?

いや、高校の時はもっと視野が狭かったです。日本のシステムの中でどうやって生きていこうか、と考えていました。今まで失敗を重ねながら学んできました。でも、今生きている子達は「自分がどういう人になるか」ということをデザインしないといけないと思います。どういうスキルセットが必要で、どういう要素が必要か考えないといけない。そこは日本の教育の中では、自分自身がよほど意識をしていかないといけないことですね。


- 自分をデザインするって言う感覚高校生の時には全然なかったです。

ブランディングといった軽い表面的なことではなく、芯のあるきちんとしたスキルセットが必要です。いわゆるブランディングの中には日本でしか通用しないものがありますよね。ハーバード卒とかスタンフォード卒のブランドとかはまさにそうかもしれません。一方で、きちんとしたスキルセットは世界中どこでも通用します。ハーバード卒はボストン(注:ハーバード大学はボストン近郊にある)では通用しないですが、統計学が分かっているとか、プログラミングができるというスキルセットは世界中どこでも通用します。

グローバルで見て、自分という人材がどういうふうに見られるのか。果たして自分のやっていることは正しいのか?と考えないといけないと思います。


- さっき東大に行くんだったらスタンフォードやハーバードに行く方がいいとおっしゃいましたが、他のアメリカの大学に行くことについてはどう思いますか?

例えばアメリカの聞いたことのない大学に行ったとして、他の人の知らないことを知っていたり、人にはない経験をしていたり、そういうところに自分の価値を見出し差別化することができればいいと思います。

組織や企業が強くなるのは、新しい人が自分の知らない何かを持ってくる時ですよね。そういった意味で違う経験をしている事自体に価値があると思います。

- 多様性が重要だということですか。

そうです。日本で多様性と言うと、ただ多様であればいいと思ってる人が多いですが、そういうことではありません。何かショックがあった時、会社が傾いた時などに多様性が初めて力を発揮するんです。

全員同じような人だったら、危機や大きな変化に対応しづらいですからね。でも色々なバックグランドを持った人が集まっている集団だと、その中で一人くらいは対応するスキルセットや経験を持っているかもしれない。そうすれば、その人を中心に対応することで、その組織は生き残ることができる可能性が高くなります。




高校生へのメッセージ:「10年後の未来から逆算せよ」


- 最後に日本の高校生にメッセージを。

10年後の世界、自分のことを考えて、きちんと人生をデザインすることが必要。どういう自分になってたいのか、自分をしっかりデザインして、それに基づいていろいろなことを決定していってください。


- 高校生の頃からこれを実践するのはなかなか難しそうですね・・・

ひとつ高校生について気になっているのは、「自分と向き合って将来のことを考える時間を取っていない」ことです。

たとえば日曜日一日何も予定を入れずに、「自分がなにを本当にやりたいのか」、「10年後自分がなにをやっていたいのか」といったことを考えるべきです。
1年に1度でも、5年に1度でも、10年に1度でもいい。時間をとって考えれば、世界がどうなるかはわからなくても自分のことは少しはわかります。少なくとも、こういうことをやりたい、ということはわかるはずですからね。
受験戦争の波に流されずに頑張ってください!



編集後記

「自分がなにを本当にやりたいのか」、「10年後自分がなにをやっていたいのか」なんて高校生の時にしっかり時間をとって考えたことがありませんでした。

mikanを使っている高校生にも、是非こういったことを考える時間をとってほしいです。

受験勉強のためのアプリで終わりたくないと思いました!

 

Comment

Comment

地方公立高校から、いきなりアメリカの大学に進学した理由

 

帰国子女でもなく、幼稚園から高校まで秋田の公立学校で勉強していたにもかかわらず、いきなりカリフォルニア州立大学(CSU)に進学したという尾形さん。留学の方法を知っている先生や先輩も見つからない中、どうやってアメリカに留学したのでしょうか。なぜアメリカへの留学を決意したのでしょうか。将来はどんな夢を持っているのでしょうか。気になるすべてをインタビューしてきました。

 

 

高二の夏に参加したプログラムが留学を目指すきっかけに

- これまでの経歴を教えて下さい

秋田出身なんですけど、ほんとにもう幼稚園から高校までずっと秋田で、普通高校に通っていました。
普通の公立で育って来ましたし、アメリカ大好きとか、将来は英語を使った仕事を使用とかは別に考えていませんでした。

転機は高校二年生の時です。保険会社のAIUが主催している日米交流プログラムに応募してみたら、たまたま受かっちゃったんです。
プログラムの概要としては日本人の高校生40人をアメリカに送っていろいろな体験をさせ、逆にアメリカ人の高校生40人を日本に送っていろいろな体験をさせるというものでした。
3週間だったんですけど、WashingtonDC NewYorkとかいろいろなところを回りました。

その経験の中でも一番大きかったのはPrinceton大学に1週間いたことです。
寮で共同生活をしながら文化的な交流をしたり、経済とかについての真面目な話をしたり、簡単なディベートとかもしました。


 

「意外にアメリカでもやれるじゃん」という感覚


- 英語でですか?

英語です。学校でも英語の成績は良かったので特に困ることはなかったです。


- そのときが英語圏は初めてですか?

初めてです。そもそも初めて海外に行きました。
僕は結構暗記型で、単語覚えるのが得意でした。とりあえず英単語を覚えていたので適当に組み合わせることでなんとかなりました(笑)

もちろん深いところはなかなか難しいけど、ゆっくり考えて組み立てて喋ればなんとかなりました。
ロジカルにしゃべる傾向があるアメリカ人と、大人な会話というか論理的な会話ができたということが初めての経験ですごく面白かったです。

そんなわけで高校二年生の夏休みが終わりまして。
高2の夏というと先生と進路について話しあう時期で、僕は東京外語大を第一志望にしようと思ってやっていました。
でもプログラムを経験して帰ってきたら、アメリカで勉強したほうが有意義かもしれないと思い始めました。
アメリカで経験した大きいことを何かに繋げられたらなと。
それでアメリカの大学に行こうと決心しました。何を勉強するかというのはまだ決まってませんでしたけどね。


- その時にアメリカに行きたいという気持ちが湧いたんですね。
 

湧きました。基本的に日本の普通の公立の教育しか受けていないので、その時英語四年目でしたが、ちゃんと自分の英語が通用するんだとわかりました。
みんな日本の英語教育は良くないって言うけれど、ちゃんと勉強すれば何も困ることはなくてコミュニケーションはゆっくり話して考えながら喋ればできるんだということをアメリカに行ってからわかったことです。

もしあの時アメリカに行かなかったらそのまま就活をして最終的には英語と関係ない生活を送っていたんじゃないかと思います。

 

- 専攻と大学は何を選んだんですか?

大学で何を勉強するかって言ったら自分の好きなことをやろうと思いました。中学2年生の時からずっと好きだった写真、映像系を専攻しようと。
そのあとでいろいろ調べて場所はサンフランシスコ州立大学に決めました。


 

TOEFLは1発で合格
 

- 受験のアプライはいつ頃しましたか?

僕の場合、サンフランシスコ州立大学の映画科は人気の大学なのでapplicationの申し込み自体も早くなっていたので、高校3年生の10月末までに必要な書類を集めて提出しました。

必要だったのは以下の3つです。記憶が曖昧なのですが、推薦状は1枚か2枚必要だったと思います。ミニエッセイも書きました。アメリカの公立大学なので、StanfordやHarvardとかと違って簡単に入れましたね。

◯高校の卒業証明書(見込み)
◯校長か教頭の推薦書
◯エッセイ
◯TOEFL



- 推薦状とかって、ぱっと書いてもらえましたか?

僕は普通科だったんですが、高校の英語科の先生と仲が良くて。その先生に教頭の手紙を英訳してもらったりしました。

 

- 教頭先生には日本語で書いてもらったんですね。

はい。それを英語科の先生に訳してもらいました。

 

- 準備し始めたのはいつごろだったんですか?

高校3年の始まる前には日本の大学はもう受験しないと決めていたので、4月か5月くらいから準備を開始しました。日本の大学を受けないと言ったら担任には「お前頭おかしくなったのか?」と言われたけど、「まあ、僕のことですから好きにさせてください。」と言い切りました(笑)。


- TOEFLは何点くらい必要だったんですか?

iBTスコアで60点が必要なラインでしたが、高校3年生の8月くらいに一回だけ受けてその時に65点取れました。
大学によっても変わるし、州立大学とかじゃなくて普通にアメリカの大学に行こうとしたら80は必要ですし、もっととったほうが良かったなとは思いますが。
でも、とにかく必要な点数は1発で取れました。



留学はとにかく情報が少ない。


- 準備をしている時に大変だったことは?

ひとつは情報が少ないこと。自分で探さないといけません。
でもネットで調べていると情報が古かったりとか、本当に正しいのかわからないので手探り状態。
高校の先生もわからないし、うちの高校から過去にアメリカ留学した卒業生もいないので全然わからない。

でも、東京に留学予備校があったのを知って、そこの週末クラスみたいなところをオンラインで受講したのっでなんとかなりました。エッセイの書き方とかも、留学予備校から情報をもらって手続きとかも進めていった。


- 何処の留学予備校に通っていたんですか?

ヒューマンアカデミーという留学学校でした。東京と大阪にあります。
結構エッセイの書き方とか教えてもらえたので今でも役立っているし、入学手続きとかの情報も正しいものがもらえたで良かったです。高かったですけど。


- 留学予備校っていくらくらいなんですか?

1年で60万円くらいでした。留学の準備開始した4月から翌年の4月くらいまでで。


- どうやってサンフランシスコ州立大学という学校を選んだ?
予備校が押してきた & 自分で調べても映画で有名だったというのと半々ですね。サンフランシスコは都会だから面白そうでしたし。
まあ留学予備校としては入りやすいところを勧めてくるんですよ。
実は、サンフランシスコ州立大学はアメリカでもっとも留学生が多い大学なんです。日本人も常時100人以上います。



州立大学は書類さえ用意できればいける
 

- なるほど〜。知ったきっかけは予備校だったんですね。一校だけしか受けられなかったんですか?

そうです。アプリケーションは複数出せるんですが、9月の頭の時点で結果が出てTOEFLが取れていたので、SAT(アメリカ版センター試験のようなもの)を受ける必要がなかったんです。
リクワイアーメント(必要事項)を満たしているので合格は確定って感じでした。
 

- エッセイとかも出す前の段階で合格確定って感じだったんですか?

もちろんよっぽど変なものを出すと落ちてしまうこともあるけど、リクワイアーメントとして必要なもの(書類やテストのスコア)がきちんとあれば問題なく行ける感じです。


- その前に大学と面接とか、なんらかのやり取りをしているわけではなくて?

はい。


- じゃあrequirementさえしっかり満たしていて、書類とかしっかり出せば受かる感じなんですか?

はい。サンフランシスコ州立大学は留学生の誘致に力を入れているのが理由だと思います。
当然StanfordやHarvardは無理だし、求められるrequirementは違ってきます。SATは必須だし。
サンフランシスコ州立大学は入るのが簡単っていうのはありました。


- あ、ところで海外大学は高校の成績が必要だったりしませんか?

まあ、高校の成績は良かったので問題ありませんでした。日本の大学に行けなかったから海外の大学に行ったとか思われたくなかったので、学校の勉強もちゃんとやりました。
しっかり留学の準備もして、4年生大学に入ってきっちり4年で卒業しようと思っていました。


Q- 力強いですね。

やることちゃんとやってないと親が怒るので(笑)。



留学してからはカルチャーショックの毎日


- あと1年間というところで、これまでの大学生活はどうでしたか?

毎年いろんな違うことがあって楽しかったです。


- 楽しかったエピソードは?

1年生はカルチャーショックの毎日でした。1年生で入学したら、大学の寮に入ったんですが、1部屋に2ベッドでルームメイトがゲイの人だったんです。ゲイだから嫌だったというわけではないんですが・・・

まず最初に部屋のルールを作ったんですね。お皿は自分で洗う、とかアタリマエのことです。
そのルールの中に、ガールフレンドを呼ぶときは事前にルームメイトに話そうというルールがありました。
でも、後で気づいてみたら彼の場合は連れてくるのがボーイフレンドなんですよ。
「だからルールは破ってない」と言い張って、僕が病気で寝てる時にも彼はボーイフレンドを連れ込んだりしていた。

僕の方も頑張って英語で怒るんですけど相手にされませんでした。結局彼はお皿も洗わないし、僕の食べ物も食べちゃうし。毎日が戦いでした。ひとによって違うと思うんですが、僕の場合は運が悪かったですね。
他の日本人の友達のルームメイトはみんないいやつでしたよ。話もわかるしお皿も洗うし。
そんな感じで最初の1年間は寮で過ごしました。


- それは色んな意味でショックでしたね。

まああれはあれで口論する力が身についたので良かったと思います。何事も経験かなと思っているので。いいことも悪いことも。

    


勉強は大変?

- 勉強の方はどんな感じでしたか?

大学によっても違いますけど、基本的に学位を取るには120単位が必要なんです。

まず入学すると英語のクラスと、基礎的なGE(General Education)のクラスが始まります。
GEというのは高校の復習みたいな感じで、アメリカの歴史とかScienceとか生物学とか科学とか物理とかをやります。
最初の2年間のうちにGEで60の単位が必要でした。後半の二年間でメジャー(専攻)のクラスの単位を60単位とります。
1年が2セメスター(学期)なので、だいたい1セメスターで15単位くらい取りますね。


- なるほど。

もし後輩にアドバイスするとしたら、実はメジャーのクラスは最初のうちにとっていると後が楽ということです。
メジャーのクラスには順番があったりするんです。そのため、1〜2年生のうちにメジャーのintroductionのクラスとかはとっておくと後々取れるクラスが多くなって楽になります。
逆に、そうしないと3年生になってまずはintroductionを必ず取らなければならず、取れる授業が限られてしまいます。
夏休みや冬休みにも授業が取れるので、1〜2年生のうちにそこを利用してGEの単位数を稼ぎつつ、メジャーのクラスintroductionとかもとっておくのがいいと思います。


- 夏休みとか冬休みにも取れるんですか?

そうですね。たくさんあるわけではないし、学部によっても違います。
入った時はそういうことが全然わからなくて、幸いな事にシネマは結構簡単に卒業できる学部のうちの一つなので今は困っていないですけど。
これから留学する人は注意した方がいいと思います。


- そういった情報って誰に教えてもらえばいいんですか?

基本的には日本人のアドバイザか、日本人の先輩ですね。

①日本人のアドバイザ
日本人のアドバイザが学校内にいて、彼が一般的な流れはだいたい教えてくれます。でもすべての学部の中でのアカデミックリクワイアメントとか学習計画の話は彼も知らないので、学部で確認する必要があります。そのため教授と早めに仲良くなって質問しとく必要があります。

②先輩
大学に日本人の先輩がやたらといるので、先輩に日本語で説明してもらうとすっごいわかりやすいです。そういう意味ではサンフランシスコ州立大学はすごくイージーだと思います。他の大学だったら全部英語で理解しないといけないから大変だと思います。


     


大学の外にも活動の輪を広げ、きゃりーぱみゅぱみゅさんの撮影にも参加


- 2年目以降はどんな生活をされていたのですか?

将来撮影の仕事を中心にやっていきたいと思っていたので、2年目からは、大学の外にも出てみました。現地のコミュニティやボランティア活動などです。1年生の終わりごろからはJapan Townという日本人のコミュニティに参加しています。毎年4月に桜まつりというイベントがあるのですが、これに写真撮影のボランティアとして参加しています。そういうのを自分からやるっていう人がいなかったので、スポンサー向けのビデオも作成しました。こういった活動を通して学生じゃないアメリカ人(日系だけど日本語はしゃべれない)と仕事として付き合う機会もあり、楽しかったです。あとはJPOPサミットというイベント。こちらも3年連続ボランティアをしています。この前はきゃりーぱみゅぱみゅさんも来たので、その撮影とかもしました。あとは、これが一番大きいと思いますが、スタートアップとか日本の新しい起業家の人がいっぱい来ているのでそういった方とお話させていただくことも多いです。こうやって動画や写真を撮ったり、実務的なことが経験できているというのはすごいことだなあと思います。サンフランシスコに来てよかったです。日本人もいっぱい居るから、最初は日本語だけになるかなと思ったけど、意外に英語でも頑張れるなって感じです。         


 

家賃は高すぎるので、今はオススメしない


- サンフランシスコほんといいですよね。好きです。

まあでも今はサンフランシスコおすすめしませんよ。


- え、そうなんですか!なんで?

家賃が高すぎるんです。
まともに日本とか東京とかでイメージしている金額では住めないですよ。

具体的な数字で行くと、

寮:家賃
1年目:$1260(光熱費込み、相部屋)
2年目:$1000(人の家の間借り)
3年目:$1200(1部屋)

って感じです。めちゃくちゃ高いです。ルームシェアしてるのに10〜15万円とかになります。


- 家賃って高いんですね・・・

やっぱり毎年家賃が上がってますね・・・。
特に、ルームシェアじゃなくて個室を借りるってなるとかなり高いです。

ただ英語が勉強したいとか曖昧な目標で来ると、ただ家賃が高いだけでめちゃくちゃ大変だと思います。
だからSFの家賃の高さを抜きにしても、SFで何か自分の経験が得られるような勉強をしたいという人はいいと思います。
SFでこれをやりたいっていうのがしっかりあればリターンも大きいと思います。


- 他になにかこっちで暮らしてみての感想ってありますか?

日本とぜんぜん違いますね〜。こっちのほうが僕は好きですけど。
あと、治安が良くないです。
良くないというか、ストリート一個挟んだだけでもぜんぜん違うんですよ。銃もあるし。

普通に暮らすんだったら日本のほうが安心安全って思うんですけど、それでもアメリカ、特にSFのほうがいろんな人種・人がいっぱいいて、楽しくやれるし、様々な問題を解決しながら生きていくのも醍醐味の一つだと思います。
 

- 今は大変なところを教えてくれたと思うんですけど、どんなところが好きですか?

日系のコミュニティに行くと、いろいろと還元してもらえるところです。
写真やビデオを撮ることで、いろんなプロジェクトに参加させていただきました。
日本の大学に進学してたら出来なかったと思います。こういうところで実務的なことが沢山経験できました。

今も少しインターンシップやっています。日本とアメリカはインターンの仕組みが違っていて、paid(有給の)インターンが多いです。
僕がインターンしているのは日系の会社ですけど。英語でのメールとか日本語でのメールとか実践的なことが学べてるなという感じがします。



卒業したら映像制作の仕事に就きたい


- これまで、高校の時と現在の話をお聞きしたので将来の話もお聞きします。卒業後もアメリカに残りたいと思いますか?

僕はそうしたいと思います。ですが、言うほど簡単ではないのかなとも思います。
というのも、ちゃんと4年間で卒業して就職して、それからは親の援助を受けないという約束で留学しているからです。
なので、もう一年いるとか、大学院に行くとかはうちのルールではないんです。

そのため、来年卒業したらどこかに就職しようと思っています。
第一志望としては映像の制作をアメリカでやりたいです。せっかくアメリカでの映像の作り方を勉強したので。
でも、アメリカの方で残るためには雇ってくれる会社を見つけないといけない。
OPTで、アメリカの会社で1年間インターンシップを出来るので、そこでまずは映像制作の会社で働きたいと思っています。
 

- paidのインターンができるので、そのまま就職したいというイメージですよね。

そうです。でも、生活のためだけに就職するようなことは良くないかなと思っています。
OPTを一年やったあと、その会社が「さよなら」と言って雇ってくれない場合もあります。結構多いらしいです。
でもそうなると日本の会社では新卒じゃなくなって、日本の会社で働く道が狭まります。

OPTをやる場合は将来的に自分が残って頑張れる、キャリアアップができると確信できなければいけないと思っています。
何でもいいからアメリカに残るというよりは、ボスキャリで内定しっかりもらって帰るほうがいいと思っています。
自分の整理もつくし、親にとっても安心してもらえるし。下手にアメリカに残るよりはそっちのほうがいいのかなと考えています。


- ちなみに、映像制作としてやりたいのはハリウッドとかですか?

いえ、映画というよりは広告の方をやりたいと考えています。制作会社でインターンしてから、会社を変えていろんなことをやっていきたいです。最終的にはフリーランスでやりたい。
OPTの段階で何でもいいから制作の会社に応募して働くみたいなことはしたくないですね。遊んでもいられないので。



日本の高校生へ一言
 

- 最後に日本の高校生に一言お願いします。

アメリカで挑戦したいって思ってるんだったら、日本人でも勉強次第で絶対に可能です。
日本人だから英語ダメとかは全く無くて、ちゃんとやればできます。

ただし、単純に海外行ってみたいからとかとりあえず行くというのは僕はおすすめしません。学費も高いので。
僕が来た時は1ドル80円の円高でしたが、一時130円になったので学費が全然変わっちゃいました。

僕の言ってるSF州立大学で、安いんですけど一学期に15単位とって$9000
てことは一年で$
18000です。
サンフランシスコ州立大学は一番安い大学ですが、それでもここまでかかるんです。

だから、とりあえず簡単な気持ちで来ちゃうっていうのは僕はあまりおすすめしません。
ちゃんとした目標を持って勉強する、将来のプランをちゃんと考えて家族のサポートも得ながら留学するのが大事です。
憧れだけじゃ何にもできない。自分がどう行動するのか、現状を確認して最終的に決断するというのが一番大事です。



〜編集後記〜

サンフランシスコは留学しやすく、学習する環境としてはとても良いと感じた一方、学費や家賃がとても高いことにも驚きました。
大学に通う間に学費だけで1000万円くらいかかり、生活費も入れたら2000万円くらいかかってしまいます。

学費などのコストがとても高いこともあってか、緒方さんも含め、アメリカの学生はとても将来設計にシビアです。
極端な話、大学に払った以上に、卒業したらその分高い給料を稼いで元を取れるのか、ということをとてもシビアに計算しているなあと感じました。

Comment

Comment

大会二連覇達成!暁高校はなぜ全国の高校をおさえて優勝できたのか?-暁高校6名へのインタビュー-

決勝最終日の追い上げで見事な逆転劇を演じ、選手権二連覇を果たした暁高校。

 

 

なぜ地方の一高校が、首都圏や関西の名門校を抑えて二度も優勝できたのか?


どうしてこれほど多くの生徒が1ヶ月以上もモチベーションを維持できたのか?


その秘密を探るべく、暁高校での表彰式の後、mikan大使であるりたろうさんと、中心メンバーとして暁高校の優勝に大きく貢献したごとじゅんさん・ななみさん・なかのさん・ふみなさん・こばやしさんに、mikanメンバーのひろしがいろいろ聞いてみました!

 

 

 

第一回大会の経験が大きな助けになった

 

 

ひろし:優勝おめでとうございますー!集まってくれてありがとうございます。

二連覇は本当にすごいですね・・・!

第一回が7月に終わって、9月後半に第二回についての告知がなされましたが、どういう感じでしたか?待ってました?

 

ごとじゅんさん:待ってました。

 

なかのさん:案外早く来たなーって感じでした。

 

 

 

 

ごとじゅんさん:甲子園とか高校生クイズみたいに「今年も熱いmikanの夏がやってきた!」って感じなのかと思ってたので、思ったよりすぐに来たなって感じでした。


 

ひろし:予選の個々人のスコアを見ると3,100ptの人がけっこういて(1日100ptが上限)、初日から一度も欠かさずやってた人がこんなにいるんだってかなりびっくりしたんですよね。

スタートダッシュがかなりうまく行ったのかなという気がするのですが、実際はどういう感じだったんですか?

 

なかのさん:僕は一ヶ月ぜんぶやりました。9月中旬から少しずつ「第二回が開催されるらしい」ってことが分かってきたので、「始まるらしいで~」という話は少しずつ広めてました。

 

りたろうさん:校内ランキングがすごくよかったですね。順位が出るとかなりモチベーションが上がりますし、特に校内の人には絶対負けたくないって感じました。

 

ひ:前回はなかったですもんね

 

ななみさん:あれがあると、みんなどれぐらいやってるかとか自分が校内でどの辺の位置にいるかとかが分かるんで、友達もやってるし自分もやんなきゃなー!って感じました。

 

ひ:第二回、スタートからやってた人ってどのぐらいいるんですか?

 

り:最初からけっこう多くの人がやってたと思います。最初からいきなり全国3~4位に入れました。

 

 

 

 

ご:やっぱり前回賞金を受け取った人たちが先頭を切って始めて、校内でも賞金の話は知れ渡っていることなので続々プレイヤーが増えていきました。

 

ひ:予選は自信ありましたか?

上位のの学校に比べるとけっこう人数が少なかったようですが・・・

 

り:人数は確かに少なかったです。なので実際予選は優勝できませんでした・・・

ですがアクティブなプレイヤーの人数なら負けないと思ってたので、少数精鋭で勝ちに行く意識でやっていました。

 

なか:一人あたりの得点数ならたぶん一位じゃないかな・・・とは思ってました。

開成高校は前回も上位にいましたが、横浜翠嵐高校や清風南海高校・藤島高校は新勢力で非常に人数が多かったので、人数の少ない暁が上位に食い込むには1人あたりのポイントが非常に多い必要があったと思います。


 

詳細な分析が、勝利を引き寄せた

 

ひ:なるほど・・・。

暁は今回もチラシというか、丁寧に分析された作戦シートみたいなのが貼られてましたよね。

あれは誰がどのタイミングで作ったんですか?

 

 

 

り:第二回はこばが作ってくれて、張ってくれました。

第一回はごとじゅんが・・・

 

ご:俺の父さんが変わり者で、第一回は俺よりも英単語選手権に真剣になったらしくて、「こういうの作ったらええ」って言ってエクセルのシートを出してきたんですよね。

前日比のポイント数でランキングを付けて、暁より上の高校を30番ぐらいからどんどん抜いてって22番で景品をもらうって作戦を立てました。
毎朝9時にランキング画面をスクリーンショットで撮って、エクセルに記録して、前日比を算出して分析したりしました。

|
 

こ:今回は学校内で個人のポイントがどんな分布になってるか数えて、ルールと照らし合わせて攻略法を考えました。

それから、毎朝他棟の高1の教室まで行って、今朝のランキングを黒板に書きました。

 

未崎先生:そういえば、毎朝小林がD棟まで行って何かしてるって職員室で話題になってたわ。

 

 

 

 

ひ:毎朝行ってたってすごいですね・・・!

 

 

帰りの電車で横一列みんなmikanやってた時もあった

 

ひ:学校では携帯禁止で、修学旅行で北海道に行っていた時期もあったと聞いたんですが、どうやってmikanを進めてたんですか?

 

 

 

なな:修学旅行のときもmikanやってました。バス内でも選手権の作戦を話し合ってたり、部屋でも黙々とmikanのノルマをこなしてました。

学校ではスマホを使えないため、mikanは登下校のときにやってます。学校の最寄り駅に止まる満員の電車の中で、横一列に立ってた暁高校生が全員mikanをやってるのを見たこともあります。

 

ひ:それはすごい光景ですね・・・

 

り:特に決勝は、全国ランキングで100位以内に入りたいってモチベーションがかなり強かったです。
センターの範囲から多くが出ると思っていたのでセンター範囲を完璧にして決勝に臨みましたが、受験単語2500語が非常に難しくて焦りました。

 

ご:俺はテストで覚える派だったんで1,200回受験しました。

 

ひ:1,200回!?

 

ひ:こばやしくんもかなりやってましたよね?

 

こ:僕はその半分しかやってないです・・・

 

ひ:600回でも相当すごいと思いますけどね・・・

 

り:でもやっぱり、学習効率を考えると、テストで覚えるより学習モードでめくり学習するほうがいいですよ。

僕は学習モードでめちゃくちゃ対策しました。

 

ご:俺も最初から学習モードでやっとけばよかったって後悔してます・・・

でも、テストとランキングはすごくモチベーション上がります。そっちのほうが楽しかったです。

 

 

古文版mikanを作ってほしい

 

 

ひ:最後に、今後mikanに作って欲しいものややってほしいことはありますか?

 

一同:古文単語・・・

り:古文単語ですね

ご:古文単語欲しいです

 

 

 

なな:英語はまだこの先使うし、海外の人と話せるようになるしっていうモチベーションがありますけど、古文は全く・・・

 

なか:古文単語は100単語覚えるのも大変なんで、ぜひ作って欲しいです・・・

mikan古文単語版、お願いします。

 

うさみ:はい!作る方向で頑張ります笑

 

ひ:以上です!今日は本当にありがとうございましたー!

 

 

 

インタビュー後記

一時間弱にわたる長いインタビューでしたが、とにかく生徒同士の仲がいいことと、勝利に向けた徹底的な分析が印象的でした。

100万円獲得を目指していたことも間違いありませんが、それだけでなく「あの有名高校を倒して日本一になりたい」「みんなで目指すのが楽しい」など、いろんな理由があったという話にも非常に驚きました。
詳細な分析やその配布など、勝利のために必要なことはすべてやる徹底ぶりと、最後まで「みんなやってるからmikanやらなきゃ」の空気を作りつづけられたことが、二連覇の理由なのかもしれません。

最後に、表彰式後わざわざ残って長いインタビューに答えてくれた暁高校の6名、本当にありがとうございました!!

 

 

 

DSC06742.JPG

Comment

Comment

【英単語選手権】個人戦表彰式を開催しました!

こんにちは!mikan運営のミムラです。

 

 

 

11/27に個人表彰式&おつかれさま打ち上げパーティーを行いました!!✨🎉

 

 

 

 

 

 

 

都内某所・・・・

 

 

 

 

 

 

『個人表彰式&mikanオフ会』のパネルの先では・・・

 

 

 

 

 

 

mikan(と手伝いに来てくれた臨時メンバー)が会場の準備をしてました!

 

 

 

 

 

 

会場はSKYLAND Ventureさんからお借りしました🙏

 

 

 

 

 

 

 

プレゼント用のTシャツを畳んで・・・

 

 

 

 

 

 

 

mikan紙バッグに詰めました🙌

 

 

 

 

 

 

少しづつ参加者が集まってきたところで・・・

 

 

 

 

 

表彰式がはじまりました!!

 

 

 

 

 

まずは会場を貸していただいたSKYLAND Ventureさんの紹介!

 

                                                                                                                                                                                                                           

 

DSC06791.JPG

 

 

 

mikanをはじめ、いろんなベンチャー企業を支援している会社です。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして選手権のふりかえりをしていきます・・・!

 

 

 

 

 

 

うしろではmikanメンバー(と、臨時で来てくれたゆかいな仲間たち)が見守っています。

 

 

 

 

 

団体戦の優勝校は暁高校でしたが・・・

 

 

 

 

 

 

今日は個人戦の表彰式を行います!!!🎉

 

 

 

 

 

ツイキャスはこのへんからやってました

 

 

 

 

そしていよいよ賞品授与!

 

 

 

 

 

まずはフィリピン留学2週間無料招待をご用意いただいたSchoolWithさん!

 

 

 

フィリピンなどへの留学に関するあらゆる情報が載っている口コミ留学サイト、「留学の食べログ」のようなサービスを運営されています。

 

SchoolWith

 

 

 

 

 

 

 

頭のなかにある日本地図を、世界地図に塗り替えましょう!

 

 

 

ということで、優勝獲得者はニックネーム「くず鉄」さん(浦和第一女子高校)!

 

 

 

ですが予定が合わず本日いらっしゃらなかったので・・・

 

 

 

 

 

 

mikanメンバーが代理で受け取りました笑

 

 

 

 

 

 

 

そしてお次は・・・・

 

 

 

 

 

 

 

レアジョブ英会話!

 

スカイプを通して、格安でオンラインの英会話授業を受けられるサービスを運営されてます。

 

レアジョブ英会話

 

 

 

 

 

 

 

ひとりをお呼びして、代表でパネルを受け取ってもらいました!

 

 

 

 

そして最後にE-CAT賞!

 

「話せるようになるテスト」をコンセプトとした新感覚の英語テストです。

 

E-CAT 国際英会話能力検定

 

 

 

 

 

 

 

こちらも、代表して受けとってもらいました🏆

 

 

 

 

 

こうして個人表彰式は無事終わり、


その後は・・・・・

 

 

 

 

 

 

選手権おつかれさまピザパーティー!!

 

 

 

 

 

 

ピザを食べながら参加者スタッフいっしょにわちゃわちゃ盛り上がります!!

 

 

 

 

 

 

 

後半にはこんな感じで、二人一組のチームでmikanテストを行い、トーナメント形式で優勝を争うmikanテスト大会もしました!

 

 

 

 

 

 

 

みんな最初は笑っていても、だんだん真剣になってきて無言で集中していく様子が非常に面白かったです😊

 

 

 

 

 

最後に、残っていたメンバーで記念写真をとりました📷

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近くは都内、遠くは新潟から(!!)、たくさんの人に来ていただき本当にありがとうございました!!🙇✨

 

 

 

次回の選手権でもまたいろいろイベントを開催していくので、ぜひご参加下さい・・・!🎉🎉

 

 

 

それでは!🍊

 

 

 

 

Comment

Comment

【英単語選手権】個人賞表彰式&おつかれ打ち上げイベント開催!

 

こんにちは!mikan運営です。

11月27日に

 

個人賞表彰式&おつかれ打ち上げイベントを渋谷で開催します!

 

①個人賞の表彰式🎊

②賞品をかけたレクリエーション🔥

③他校のmikanユーザーさんと交流する懇親会👯

④mikan運営とおしゃべり&受験・進路相談会📝

などなど・・・

 

いろいろ企画がつまってます✨

基本は事前予約制ですが、当日飛び入り参加も大丈夫です!

 

【詳細】

参加資格:だれでもOK(高校生のmikanユーザーなら)

日時:11月27日(日)14:00~18:00 (開場13:30)

 場所:HiveShibuya
〒150-0043 東京都渋谷区 道玄坂2丁目10-12 新大宗ビル3号館531 号
場所はこちら (google maps)

費用:無料

 

申込みはこちらから!↓

個人表彰式&おつかれさま打ち上げイベント申込みフォーム(事前申込制)

 

当日みなさんと会場でお会いできることを楽しみにしてます〜!

友達をさそって、ぜひ来て下さい!🏃

 

 

Comment